女の子の前で盛大に泣いた、挫折もした。まんちゃのプロフィール


こんにちは、まんちゃ(@Ste_1C)です。

ヤるサロンというオンラインサロンに入ってちょうど1年が経ちました。

ブロガー仲間からは、

  • デートした女の子をエクセルで進捗管理してるとか
  • 講座の話、全く聞いてないとか
  • まんちゃという全然関係ないキワドイあだ名をつけられる

言われたい放題です。

弁解したいので、そんな僕はどんな人か3分で自己紹介しますね。

◾目次

  • “キャビア”がおやつだった幼少期
  • ②2枚の原稿用紙の宿題に、140枚書いたサイコパス小学生時代
  • ③救急車にひかれて骨折した遠足
  • ④歪んだ中学時代は帰宅部のエース
  • ⑤共学3年間で女子と累積5分も話せなかった非リア高校時代
  • 女の子の前で、ガチ嗚咽した挫折浪人時代
  • “良い社畜予備軍”へのアップを始めた大学時代
  • ⑧辞めることも考えた不適合なサラリーマン生活
  • ⑨100万円失って気づいたたった1つのこと
  • ⑩ヤるサロンと出会って1年

まんちゃってこんな人!

・名前:まんちゃ(@Ste_1C)

・年齢:27歳→28歳(アラサー)

・出身地:東京

出身大学:早稲田大学

卒業後:某大手企業勤務

趣味:カメラ、旅、女の子

今後:趣味と貯信で自由に稼ぐパラレルキャリアに挑戦中!ブランド人になる。

①”キャビア”がおやつだった幼少期

自営業の家庭に生まれたぼくの人生のスタートは裕福だった。冷蔵庫を開けるとお客様からもらったお中元があり、特にキャビアが好きだった。サラダにキャビアがかかってなかったら機嫌が悪くなるような典型的ドラ息子。

さらにこの時期、人生最大のモテ期を迎えていた(当時2歳)

父親が僕を使ってギャルをナンパしていたという逸話があるほどだ。

間もなくして、会社の経営は悪化。人生の頂点(ピーク)は「ものごころつき始めた」ころに終わった

②2枚の原稿用紙の課題に対して140枚書いたサイコパス小学生時代(上)

よくいる、「わんぱく」ではなく「サイコパス」な小学生だった。

たとえば、ニワトリの写生で足を4本描いて修正をくらったり、休み時間に校内で立ちションしたり、小学生のころは先生からゲンコツをリアルに、50発/年くらっていました。頭の形変わってしまった。

極めつけは、国語の時間に2枚の原稿用紙の課題に対して、140枚書いて筆を止めなかった。集中すると止まらない。

ロードオブザリングでも書いてたのかな? この頃から文章を書くのが好きでした。

③救急車に轢かれた小学生時代(下)

集中力がなく、落ち着きがない小学生だったぼくは、それが頂点に達した時がありました。

ぼくは移動中も落ち着きがなく、小学生時代に3回車にひかれそうになっているんですが、2回は寸止め、1回は救急車に実際ひかれました。救急車のボディは意外と柔らかいって知ってました?

これから「救急車にひかれた」話をしよう

④歪んだ中学時代は帰宅部のエース

中学時代は男子校に進学。スポーツで全国的に有名な中高一貫の学校だった。「地元じゃ負け知らず」の運動神経もここでは通用せず1年で退部。

しかし、多感な思春期時代に男子校生活を送ったのはマズかった。部活をやめたあとはやる事がなく漫画やアニメ、ギャルゲーにハマっていった。

夏休みをブックオフに全振りし、オタクの素質がインストールされた。

⑤共学3年間で女子と累積5分も話せなかった非リア高校時代

男子校がつまらなかったため、共学に受験をしなおした。

しかし、自分でも予想外なことに、男子校3年間を経て女子と話せなくなってしまった。どれほどかというと、3年間で全女子との会話時間はトータルで5分を切るほど。

高校時代はずっとリアルリハビリ生活を送っていた。

⑥「モテたい」で1年やり抜いた浪人時代

絶望の浪人時代が始まる。

予備校では講師に、開口一番、「お前ら、酸素を吸って二酸化炭素を吐くだけの存在だから」と言われた。女の子にもモテないし、大学にも行けないし、社会的にも終わっている存在だしで、絶望の1年だった。

挫折を経験したのもこの時期。受験日が近づいても偏差値が上がらず、ついに精神の限界に。1コ上の女性の先輩大学生バイトの方に相談し、号泣してしまった。

この二酸化炭素マン、キモ過ぎる

浪人するわ、モテないわ、女性の前で泣き出すわで、「男がやっていはいけないこと三種の神器」をコンプリート。ライフポイントはこの時点で0。もうやめて。。

しかし、モテたいという動機だけで1年間努力し続け、晴れて早稲田大学に合格

 

ようやく人生が動き始めた。

⑦”社畜予備軍”へのアップを始めた大学時代

童貞かつ恋愛偏差値35のぼくも晴れて彼女もできた。うれしさや自信がついたからか、高校時代の反動でめちゃめちゃアクティブになる。サークルは5つ掛け持ちし、ボランティア活動などもした。

しかし、バイトはからっきしだった。

やぎぺーさんと同じミニストップをクビになったり、塾バイトで急に2週間後辞めますといったり、マジでヤバイやつだった。かなりの社会不適合。

もしかしたら、やぎぺーさんと同じミニストップでクビになったかもしれないブログ

そうこうしながら、就職活動が始まる。”良い社畜”になるべく洗脳をうけながら、”企業戦士”への道のりを辿っていく。大学時代に培った「コミュ力」のおかげで大手企業へ内定

順風満帆な人生を送るはずだった・・・

⑧辞めることも考えた不適合なサラリーマン生活

ついに、晴れて社会人。しかし、バイトすらできなかったぼくがすんなりと社会になじむことはなかった。

全然「オトナ」になれないのだ。新入社員だからという理由で雑務を任される。お局様のいうことは絶対逆らってはいけない。仕事は「気遣い」が一番で、何かと調整をしなければならない。むしろ調整で平気で1か月過ぎてしまう。「当たり前」とされていた会社の論理が受け入れられなかった。

⑨100万円失って気づいたたった1つのこと

なんとかして、この現状を忘れようと色々なことにお金を費やした。

  • 株式投資
  • 編集の講座
  • ファッション
  • ダンス教室、ボイトレ体験

飽き性で何も続かなかった。使ったお金は100万円以上。むだな浪費だけで終わった。

本業もうまくいかず、課外活動もぜんっぜん続かない。

気が触れたのかぬいぐるみと海外旅行もした。

そんな飽き性なぼくが出会ったのがブログだった。

昔から日々の日記を5年間書き続けたり、留学時代にはアメブロも少しやってた。

はてなブログ何気なく始めてみると、なんとあの不適合で飽き性のぼくが1年も続けることができた!

「もう、これしかない!」と思った。

最後の望みを繋ぐようにブロガーになることを決心し、すがるようにコミュニティを探して出会ったのがヤるサロン

ヤるサロンは「20代のパラレルワーカー・ノマドフリーランス最強集団を作るために、”個人で稼ぐ力をつける”ための」コミュニティで、

ブログを通じていままで出会ったことのないタイプの仲間と出会い、企業では発想できない考え方を学び、実践することで日々新しい刺激いる。

⑩ヤるサロンに入って1年

今、一番自由な1年だった。

カメラマンになる。

noteを販売する

Twitterのフォロワー数が増加

目標だった副業単月5万円も達成し、マネタイズも徐々にできるようになってきた。

ブログを読んでくださった方、本当にありがとうございました!

こんなゆとりですが、よろしくお願いいたします。


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